「朝たんぱく」は、健康に生きる上で欠かせない筋肉を守る

筋肉は「見た目」だけでなく、健康にも深く関わっています。筋肉を維持することが、実はあなたや家族の生活の質や認知機能、さらには将来の健康リスクにも大きく影響を与えるとしたら、どうでしょう? この記事では、筋肉の維持がもたらす多様なメリットと、それを支える運動や栄養摂取の重要性について、運動生理学の専門家の藤田聡教授に話を聞きました。
取材・文・写真:朝たんぱく協会

立命館大学 教授 専門:運動生理・生化学
藤田 聡
2002年南カリフォルニア大学大学院博士号修了。博士(運動生理学)。2006年テキサス大学医学部内科講師、2007年東京大学大学院新領域創成科学研究科特任助教を経て、2009年より立命館大学。米国生理学会(APS)や米国栄養学会(ASN)より学会賞を受賞。監修本に『間違いだらけのたんぱく質の摂り方』、共著に『体育・スポーツ指導者と学生のためのスポーツ栄養学』など。2021年に長年の研究に基づき企業の健康経営をサポートする(株)OnMotionを設立。
この記事は、筋肉を維持することが健康に生きるために欠かせないということを解説しています。特に30代以降、筋肉量は徐々に減少し、高齢になると糖尿病や心疾患などのリスクが高まる要因にもなります。また、運動量が少ないと、子どもや高齢者の認知機能や学習能力の低下にもつながります。これらのリスクを防ぐために運動と適切な栄養摂取、とくに朝食でたんぱく質をしっかり摂取することが重要です。
見た目だけじゃない。筋肉と健康、脳、肌との関係
筋肉を維持することは、すべての人が健康に生きる上で欠かせない
僕の研究テーマは主に筋肉に関連するもので、とくに「筋肉量の維持」と「筋肉の肥大」に焦点を当てています。もともとは、高齢者のサルコペニアやフレイルの予防という観点で研究をしていました。また、一般成人やアスリートが効率的に筋肉を大きくするための運動や栄養についての研究をしていて、運動が肌や他の器官に与える影響についても調べています。
筋肉を維持することは、すべての人が健康に生きる上で欠かせません。筋肉量は30代をピークに何もトレーニングをしないと徐々に減っていきます。筋肉量の低下は、中高年以上になると糖尿病や心疾患などの発症リスクが上がる要因にもなります。70代後半になれば減少スピードは加速して、生活に支障が出るレベルまで筋肉量が下がってしまうこともあります。適切な栄養摂取と積極的な運動をして初めて、筋肉量の減少を緩やかにできるのです。
加齢に伴う筋量の低下現象

出典: Holloszy, Mayo Clinic Proceedings, 2000
筋肉量が少ないと、子どもの学習機能や高齢者の認知機能低下につながる
直接的に関係しているとは言いきれませんが、筋肉量は子どもの脳神経の発達にも影響があるとされ、筋肉量が少ないと情報処理や認知機能の低下につながると言われています。
教育における運動の促進が進んでいるのはフィンランドで、国をあげて「スクール・オン・ザ・ムーブ」という活動をしています。これは学校で子どもたちにいかに運動をさせるか、ということに焦点を当てた活動です。運動をしている子どもは認知機能が高まり、学習効果や成績の向上にもつながるというデータに基づいて実施されています。*1
運動が脳にとってプラスになるということは、間違いなくあると考えます。そこに筋肉量が直接関係しているかは明確になっていません。しかし、筋肉量が少ないということは運動をしていない、あるいはしっかり食べていないということなので、副次的には関係している可能性があります。成長期の子どもにおいて、筋肉をつけるような運動や栄養摂取は、意識すべきことです。
子どもは発育、発達のスピードが早く、一人ひとり違うので、どれくらい筋肉をつけさせるべきか明確な基準を設定することは難しい。しかし、1週間にどれくらい運動をするべきかというWHO身体活動ガイドラインはあります。*2
一方で成人における筋肉量と認知機能に関するデータはありませんが、高齢者は筋肉量の少ない人ほど認知機能の低下が進むという報告*3があるため、成人全般に当てはまる可能性もあります。高齢者の場合、筋肉量を維持しておくことが認知機能の維持に重要なのは間違いないでしょう。
成長期における筋肉の重要性
筋トレをすることで皮膚の代謝が良くなり若返る
運動することによって肌の代謝が改善するという報告は以前からありましたし、みなさんも想像がつくと思います。カナダで行われた研究で、高齢者が日頃からきつめの有酸素トレーニングを行った場合とそうでない場合を比べるというものがありました。結果はきつめの有酸素トレーニングをしている人の方が、皮膚の最も表層に位置する表皮の部分が薄く、肌がより若い状態を保っていました。
その理由は、運動によって筋肉から「マイオカイン」という物質が分泌されたためです。これが血液を通じて全身を巡り、皮膚の細胞にあるミトコンドリアの生成を促す刺激となり、結果として皮膚の代謝が活性化し、肌の若返りにつながったと考えられます。
僕はこの結果をもとに、筋トレで同じような効果が出ないか確かめてみました。40代から50代の女性61名を有酸素性運動グループと筋トレグループに分けて、4か月間にわたり週2回運動を行っていただきました。その結果、有酸素性運動と筋力トレーニングは、どちらも皮膚老化を改善。特に、筋トレは加齢によって薄くなり見た目の若々しさに関連する真皮の厚みまで改善し、筋トレが美肌に貢献することを世界で初めて報告しました。*4
- 筋肉量は30代をピークに何もトレーニングをしないと徐々に減ってしまう
- 筋肉量の低下は、中高年は糖尿病や心疾患、さらに高齢者はサルコペニアの発症リスクになる
- 適切な栄養摂取と積極的な運動をして初めて、筋肉量の減少を緩やかにできる
- 高齢者は筋肉量の少ない人ほど認知機能の低下が進む
- 成長期の子どもにおいて運動が脳にとってプラスに働く可能性がある
- 筋トレをすることで皮膚の代謝が良くなり若返る
朝にたんぱく質を摂取することと筋肉の関係
効率的に筋肉を大きくするためには、朝に十分なたんぱく質を摂ることが重要
運動している、していないにかかわらず、朝食でのたんぱく質摂取は筋肉量を維持する、あるいは増やしていくためにとても重要です。
高齢者の場合、1日のたんぱく質摂取量が足りていても、それが不均等だと筋肉が減ってしまう可能性があるという研究結果が出てきました。つまり、朝に食べていないから昼晩にしっかり食べればいいということではなく、1食1食をしっかりとることが、筋肉を守るために、あるいはより効率的に肥大させるためには重要だと分かってきたのです。
僕たちも食事の摂取状態に関する調査をしました。実験では、若年者を2グループに分けて調べました。2グループとも1日のたんぱく質摂取量は同じですが、片方は朝のたんぱく質摂取量を少なくして他の食事で調整する、片方は朝から十分なたんぱく質を摂取した状態に設計しました。その条件下で筋トレをすると、朝にたんぱく質を十分に摂取したグループの方が筋肥大が大きかった(筋肉が太く大きくなること)。つまり3食の合計よりも、各食事でしっかりとたんぱく質を摂ることが、筋肥大の効果を最大限に引き出すために重要だと分かりました。やっぱり朝食は、しっかり取らないといけません。
朝のたんぱく質摂取量の違いによる
筋肥大効果の計測実験

年齢が上がるにつれて筋肉を作る働きが弱まる。だから意識的なたんぱく質摂取が必要
年齢によって筋合成を最大化するための目安となるたんぱく質摂取量は異なります。いろいろな研究結果を総合的に解析し直すと、一般的な中高年の場合は体重1kgあたり0.4gのたんぱく質摂取で筋合成を最大化できます。つまり、体重50kgの女性であれば、1食あたり20gのたんぱく質を摂ればよくて、逆に摂れていないと筋肉量が減ってしまうことが考えられます。またこの場合、20g以上摂取しても筋合成は上がりません。
若年者の場合、筋合成を最大化するためのたんぱく質摂取量は体重1kgあたり0.24gとされています。体重が50kgの女性の場合は12gのたんぱく質摂取が1食で必要になります。
※ここでのたんぱく質摂取量は、あくまで筋合成を最大化するための目安です。健康のために望まれている目安は1食あたり20gです。
なぜ年齢によって差が出るかというと、年齢が上がると筋肉を作る働きが弱くなるためです。だからこそ高齢者は、若い人よりも多くのたんぱく質を摂取する必要があります。
朝食でよく使われる食材のタンパク質量

たんぱく質の摂取量の目安は、一般の人が運動をせず筋合成を最大化するための摂取量です。筋トレをしないと筋肉量が増えることはないので、あくまで現状維持と捉えてください。筋肉量を増やす方法は、筋トレしかありません。どんなにプロテインを飲んでも、運動をしなければ筋肉を大きくすることはできません。
さらに筋肉量アップを目的に筋トレなどの運動をする場合、年齢に関係なく体重1kgあたりたんぱく質1.6gを摂取しましょうと言われています。体重50kgの人は1日あたり80g、70kgの人は1日あたり112gになります。3食で割ってもなかなか多い量ですよね。とくに朝食だけで、20g以上摂ろうとすると難しいので、プロテインで補ったり、間食に高タンパクなヨーグルトや豆乳などで補ったりする必要があると思います。アスリートになってくると必要摂取量はさらに増え、体重1kgあたり約2gという報告もあります。
高齢者の方が食後にプロテインなどを利用されることは、僕はありだと思っています。健康維持のために食事ですべての栄養を摂ることは大事ですが、高齢になってくると食べきれない人もいると思います。ただ気を付けないといけないのは、摂取のタイミングです。たんぱく質は満腹感を高めるので、食事の前にプロテインを飲むと食事が食べられなくなる可能性があります。とくに高齢者は満腹感が強く続く傾向があるので、食後に飲むことをおすすめしています。
- たんぱく質は、3食の合計よりも各食事でしっかり摂ることが、筋肥大の効果を最大限に引き出すために重要
- 年齢が上がると筋肉を作る働きが弱くなるため、高齢者ほど多くのたんぱく質摂取が必要
- 十分なたんぱく質を摂っても筋トレをしないと筋肉量が増えることはなく、あくまで現状維持
- 筋肉量を増やす方法は、筋トレしかない
食事と運動を習慣化するために
短時間で効率的な筋トレを望むのであれば、まずは下肢を鍛える
重さで負荷をかける筋トレをする場合、一般的には最大挙上重量の40%という目安があります。最大挙上重量とは、1回しか上げられない重さのことです。それが100kgだとすると40kgでトレーニングすれば筋肉の合成が促されるという目安です。少しきついと感じるまで繰り返し動作することが必要で、きつさを感じなければ筋肉は大きくなりません。それは、インナーマッスルを鍛えるトレーニングをしている人も同じで、自分できついと感じる負荷がかかっていればかまいません。
短時間で効率的な筋トレを望むのであれば、まずは下肢を鍛えてください。下肢は筋肉が大きいので、肥大した後の筋肉量の増加割合も大きくなります。代謝の改善という観点からも、できるだけ大きな筋肉を鍛えた方が効率的です。下肢を中心に鍛えながら、時間的に余裕があれば上肢を鍛えると良いと思います。
高齢者の方も下肢をまず鍛えてください。下肢の筋肉量は歳を重ねると減少スピードが早くなります。筋肉量が減ると動けない、立ち上がれないなどの生活する上でのリスクが大きくなります。トレーニング方法も若年者と同じように、マシンやダンベル、ゴムバンドを使ってかまいませんが、強度や重さは低めに設定してください。

ダイエットをしている人ほど、たんぱく質を
トレーニングを続けるためのコツは、運動したことで得られる爽快感や運動を記録することでの達成感、睡眠の質の向上など、すぐに感じられる変化を動機づけにすると良いと思います。逆に、体重計をつねにチェックするのは、あまりおすすめしません。やっぱり急には変わらないですし、トレーニングは長期的に続けることで、ようやく見た目も変わってくるからです。
痩せることを目的に運動をするのは、きついと思います。例えば1時間ぐらい走っても消費できるカロリーは300〜400キロカロリー程度。そのカロリーは菓子パンをひとつ食べたら相殺されてしまいます。お菓子の代わりにプロテインを摂
とる、脂質や糖質の摂取量を減らすといった食事でコントロールをした方が、運動でエネルギーを消費するよりもはるかに効率的です。だからダイエットをしている人には、たんぱく質を摂りましょうと言っています。余計な間食も抑えられるので。もし間食を取るなら高タンパクなヨーグルトやシリアル、プロテインや豆乳の方が良いですね。糖質の高い甘いものを食べると、血糖値が上がってすぐ下がるので、またお腹が空くことになってしまいます。
運動しながら同時に食事にも気を使わないと、なかなか体は変わりません。それは歳を重ねれば重ねるほど、僕も実感するところです。やっぱり食事って大事なんですよ。

- 短時間で効率的な筋トレを望むのであれば、まずは下肢を鍛える
- 高齢者のトレーニング方法も若年者と同じように、マシンやダンベル、ゴムバンドを使ってもよい。ただし強度や重さは低めに設定する
- ダイエットをしている人ほどたんぱく質摂取がおすすめ
<参考>
*1:TOWARDS MORE ACTIVE AND PLEASANT SCHOOL DAYS(Schools on the Move)
*2:WHO身体活動・座位行動ガイドライン(WHO iris)
*3:Association of Low Muscle Mass With Cognitive Function During a 3-Year Follow-up Among Adults Aged 65 to 86 Years in the Canadian Longitudinal Study on Aging(JAMA Network)
*4:筋力トレーニングが美肌に貢献することを世界で初めて報告 ~筋力トレーニングによる血中成分の変化が皮膚老化の改善に関与することを解明~(立命館大学HP)